戦略論の再構築のために |
斎藤 明
(一)戦略論を扱うにあたっての諸前提
われわれが扱う戦略論は、空想的社会改造計画の実現プランとは性格が異なる。したがって、ドグマから導き出される種類の一切の計画が、その計画を必要とする主体が実は少数の恣意的な集団に過ぎないこと、従って、どうしても陰謀的な性格をもたざるをえないこと、かつ、その集団が権力を掌握して、上から全大衆に対してその計画を強制することを考えるしかないとしていること、それを議会主義的に夢想するか、またはプロレタリア独裁という旗印を利用して陰謀するか、いずれにしても少数者の頭からひねり出した計画案によるその計画を信奉する集団による独裁を革命と考えていること、このような人々の語る戦略とは同じ言葉でも似て非なるものである。
われわれは、戦略とは洞察された歴史的必然性であり、戦術とはその意識的実践であると規定してきた。共産主義論としての戦略は、資本主義社会として成熟した私有財産者社会の歴史が、その内部矛盾により新たな人間的社会として私有財産制を否定した、人間が人間としてお互いに交通する社会としての共産主義社会を生み出すことである。従って、共産主義者はその意識的実践として、賃労働と資本の両極ながらの廃棄に向けて、すなわち、賃金奴隷制を廃棄するプロレタリア革命を推進するのである。労働者階級の解放は労働者階級自身の事業である、という原則は、単に労働者大衆が自ら立ち上がって自らの解放を勝ちとるべきだということに止まらず、ここにこそあらたな人間的社会が生み出されてゆく根拠をもっているからである。新しい人間は、なにも特別な理論を会得した特別な人間として生み出されるのではない。そのように思っている人々は錯覚であるし、マルクス主義というラベルを貼っただけの宗教に帰依しているだけのことである。そうでない場合は、単なるブランキストにすぎない。しかしこれ以外に多くの人々が、改良主義的運動の中にある。資本主義を前提として改良することで事たれりとするかぎり、それは、資本主義を享受していると思い込んでいるかぎり、この幻想は簡単には破れない。ソ連の崩壊以降、特に市場万能論が流布され、市場を前提とした改良が現実的であるかのように語られている。中国共産党の「あえて大海に出て泳ぎを覚える」というWTO加盟は、この傾向の論者達を再び力づけたかに見える。
資本主義の世界市場の網から離脱して、一人社会主義をすでに実現したのだとしたソ連が、商品の弾丸をうちこまれつつ、社会の全般的停滞の中で人民の不満が蓄積し、スターリン主義支配の崩壊が一挙に進んだ。このことは、多かれ少なかれソ連を批判しながらも社会主義社会への拠点として依存し、背景としてきた勢力にとっては大きな打撃となった。
われわれは、後進資本主義国から開始するさしあたり一国的革命が不可避に持たざるを得ない限界性と困難性を先進国革命において突破することを考えてきた。
そのような観点からすると、戦後第二の革命期が、ベトナム、カンボジア、すこし性格が異なるがイランのそれぞれの革命としてしか突出しえなかったという事態の結果としてのソ連の崩壊を不可避的なものとして受け止めると同時に、先進国革命による後進国革命の限界の止揚というところに至らなかったことを、残念な、否定的事態として受け止めている。ソ連のスターリン主義権力の崩壊と、市場経済の導入によって世界資本主義の一環として再編成されるという現状、中国のWTO加盟とブルジョア階級を党の基盤に加えるというこの二点に象徴される変化、これらを前提に世界市場の再確立が進められていることを踏まえてふたたび世界革命の戦略を組み立てる作業が必要である。
われわれは、世界革命を永続革命として考えてきた。なぜなら、そもそも資本主義の世界市場の廃棄抜きにはプロレタリアートの解放は実現不可能であること、さらには帝国主義を中心とするブルジョアジーは、どのような革命に対しても国境を越えて連合して立ち向かうものであること、そして、それが資本主義の根幹にせまる性質を持てば持つほど危機感に駆られ強められるものであること、労働者の国際連帯こそがこの国際的に連合するブルジョアジーを打ち負かすことが出来るのだということ、したがって、差しあたり後進国から開始される革命から先進国同時革命へ、それによるこれまでの革命の限界の突破の全過程を永続革命として捉えてきた。
さらに、さしあたり後進国から出発した一国的革命も、社会革命の推進によってぶつかるところの壁、すなわち世界市場の壁をとおして、世界市場の制約を脱することはないということを思い知らされる。どの革命も世界革命の一環として繰り返し再編せざるを得ないものとして考えてきた。それゆえにスターリン主義打倒は政治革命であると同時に社会革命たらざるをえないものとしてきた。ソ連の崩壊は、スターリン主義権力の平和共存路線と一国社会主義路線そのもの破産であるが、しかし、その結果として現れた事態は否定的なものであった。現実の生きたソヴィエト亡きソヴィエト連邦として人民自身の交通形態が抑圧されていた結果、プロレタリアートの自主的結合が全く解体されている状況下に於いて、自由を求めるということが、否応なしにブルジョア的自由主義に引きずられた形しか現れることができなかった。スターリン主義権力が崩壊したが、その後に登場したのはブルジョア民主主義と市場経済であった。誤れる路線とスターリン主義権力支配の崩壊は、これらの限界をプロレタリア革命の側が、プロレタリアートの階級形成の国際的前進によって突破することができなかったという意味で、スターリン主義が崩壊したことは幻想が打ち破られたということで一歩の前進のように見えても、永続革命にとっては大きな二歩三歩の後退となっている。
「社会主義圏」の限界をプロレタリア革命として突破することと、資本主義社会に舞い戻り、それから再度プロレタリア革命を掘り起こすことは大きな違いがあるからである。
「ソ連、中国の生産関係は帝国主義を中心とする世界市場の法則によって制約されている。この世界市場からソ連、中国が飛び出して『二つの世界体制』が並存し、ただ軍事的政治的に対抗しているのではない。だから帝国主義を中心とする世界市場の圧力が存在する限りそれら諸国の内部にブルジョア的生活諸関係が不断に再生産されざるをえない。」(「中ソ論争と永続革命=世界革命」一九六三年)
革命は一回限りのものではない。国際関係の変化の中で、すなわち国際的なプロレタリア革命の前進の中でそれまでの制限された環境のもとでの社会革命を繰り返し見直し革命してゆくものである。その意味で、先進国革命がこの誤れるソ連の内容を解決的に包摂する機会が現実的には遅れてしまって、その矛盾が破綻に向ってしまう事態を目の当たりにしてきたのであった。先進国革命の反作用においてのみソヴィエト亡きソヴィエトから希望に満ち溢れた活きた革命を救い出すことが出来ると考えてきた。ロシア革命は当時ドイツ革命との連帯を希望しながら闘われ、先進国ドイツの革命は挫折した。そしてまた、われわれが先頭に立って進めるべき先進国革命が、ロシア革命の火が消えようとする時に結果として間に合わなかったのである。ソ連にふたたび階級闘争が発展する場合、スターリン主義の繰り返しでは進み得ないという経験として歴史的に学んでいる労働者大衆がそこに存在する限り、新たな階級形成の希望がある。敗北の中で労働者大衆は幻想と偽者の指導者を見分ける力を身につけて、手ひどく一敗地にまみれながも、それでも前進するものなのだ。世界革命の一翼としてのソ連労働者階級の再生として、はじめてロシア革命の栄光ある伝統の復活となるであろう。
現代とは何か。永続革命としての現段階はどのように規定できるのか。ここから整理する必要があると考える。
今日の左翼の戦略論の世界は荒廃している。むしろ戦略論そのものが不在という事態であると考える。一例を挙げるならば、一部のレーニン主義者は、レーニンがドグマ主義ではなかったにもかかわらず、帝国主義が帝国主義である限り帝国主義戦争と侵略は不可避であるというドグマから第三次世界大戦を希望し、帝国主義間戦争を革命へ、を実現したいと考えて第三次世界大戦の危機なるものをアジテーションする。または、他方、裏返すと超帝国主義論となって、何が何か判らなくなって方針を失う。「帝国主義は死滅しつつある資本主義である」と客観主義的に把握して、危機は慢性的性格にされて、それだけ気の抜けた革命的危機論にしがみつき、実のところどうもおかしいと首をひねるだけとなる。情勢分析に政治過程論が欠落することと相まって、このようなドグマ主義が生まれる。これ一つをみても方法論上の限界が直接現状把握の失敗と結果し、戦略論そのものが組み立てられないという事態を迎えている。もはやドグマの当てはめでは現状分析そのものができないところに来ている。
今日の情勢は、政治過程論、(主体的には階級形成論)抜きに分析は不可能であるということをますます鮮明にしつつある。これまで、世界革命=永続革命の戦略から、小ブル社会主義者達の従属論、新植民地主義論、ベトナム侵略論、沖縄奪還論等々について繰り返し批判を加えてきた。帝国主義的ブルジョアジーの反革命階級同盟の形成を見抜くこと抜きに戦後過程を分析することは出来なかったのである。しかし、われわれにおいても再構築の作業が遅れているのが現状である。
ソ連の崩壊は、戦後第二の革命期の終焉の諸結果の一環であると先に述べた。そういう意味において、戦後第二の革命期の諸結果を踏まえた戦略論の再構築が改めて必要となっている。
この作業を進めるために情勢分析を二回にわたって掲載してきた。この戦略論の再構築の作業自体、もっと早く行われるべき性質のものである。しかし、われわれの深い反省作業から反転するのに時間が必要であった。われわれは、可能な限り多くの同志の議論と共同作業において理論活動を行ってきた。その共同作業が生み出されるためには多くの論議が必要であった。共同の認識、討議をもって理論作業を推進する前提そのものを再構築する作業を不可欠としてきた過程を明らかにしつつ共同作業を呼びかけてきたのである。
戦略がどの程度真実にせまっているか、どの程度解明しえているか、どの程度解決力を持っているか、この前提が組織論そのものに根ざすからである。宗派主義は戦略論をもとめても、どこまでいっても宗派主義的な、階級闘争に外的な策略しか組み立てられない。われわれがその誤りを克服しえているのかという反省抜きには、歴史に対して誠実ではないのである。
ここでは、さしあたりわれわれのこれまでの戦略論が、戦後第二の革命期の諸結果をうけてどのように見直しされるべきなのかという観点から入って行くことにする。
(二)何を継承し何を見直すのか
われわれは永続革命=世界革命の時代として現代を捉えてきた。
「プロレタリア永続革命は二つの段階に分けられる。すなわち、第一の段階はプロレタリアートが存在してから『さしあたり一国的』に権力を獲得するまで、第二段階はプロレタリアートが『さしあたり一国的』に権力を獲得してから共産主義に至るまで。
そして、いままでの一国的なやり方と異なって、前者も後者も『全体としての世界史』のなかで問題にする。」(「中ソ論争と永続革命=世界革命」一九六三年)
永続革命の第二段階について特に注意深く検討することにする。
永続革命の第二段階は世界革命の時代と規定する。この世界革命の時代を前期と後期に分ける。
「世界革命の前期(『多かれ少なかれ隠然たる』世界革命)――現代」(同上)
「『さしあたり一国的な革命』から『一つの世界革命』へ=後進国革命から先進国革命への波及。
世界市場を支配する先進諸国の『一挙的』ないし『同時の』革命。」(同上)
「世界革命の後期(『公然たる』世界革命=『一つの世界革命』)(同上)
「『一つの世界革命』による『さしあたり一国的な』革命の包摂=先進国革命による後進国革命の包摂:後進国革命の一歩飛躍、『一つの世界革命』=世界的な規模でのプロレタリア独裁による世界的生産力の集中=世界市場の廃棄、資本主義の共産主義へのプロレタリア永続革命(=世界革命)の完遂。」(同上)
「世界革命の内容的始点である後進国革命は先進国革命に媒介されてはじめて、形式からしても公然と組織だてられた『一つの世界革命』、世界的に一つのものとして組織だてられたプロレタリア独裁による社会革命の完遂となる。」(同上)
「[現代の時代規定]」
「現代は、世界革命の前期、すなわちロシア革命から始まった後進国革命が、あれこれの誤った幻想、古い幻想に敗北しながらも、必然的に先進国革命へ波及する衝動に駆られ手いる時期、後進国革命が、最後の力をふりしぼって先進資本主義諸国の同時革命へと波及し、すなわちできるだけはやく[その]世界革命前期を終わらせ、本来の世界革命の時代――[先進国革命を『組織的端緒』として]今までの一切の旧い革命の限界、幻想、歪曲を白日のもとにさらけだすことによってそれを乗り越え、『一つの世界革命』[として組織だてられてゆく時代]へと突進しようとしている時期、世界革命の前期から後期への過渡の時期(構改の『世界の構造変化』のフザケブリを想起せよ!)であるから、第三図は現代世界の基本的な過程的構造を示す。」(同上)
われわれは後進国革命と先進国革命の関係を次のように捉えてきた。
マルクスは当時のイギリスと大陸の関係を次のように捉えていた。
「恐慌が先ず大陸に革命をひき起こすとしても、革命の根源は常にイギリスにあるのである。ブルジョア的身体の心臓より四肢においてきょうりょくなる爆発が先ず起こるに違いないことは言うまでもない。というのは、心臓にあっては四肢より均衡化する可能性がより大きいからである。他方では大陸の諸革命がイギリスに及ぼす反作用の程度は、同時に、これらの革命がどの程度まで実際にブルジョア的生活諸関係そのものを問題にしているのか、どの程度までその政治構成にしかふれていないのかを示す寒暖計である。」(「フランスにおける階級闘争」 マルクス)
さしあたり後進国からの一国的革命から先進国同時革命へという時間的流れは、また、新たな恐慌の波の中で先進国同時革命の時代においても繰り返されるものである。
永続革命の段階的な規定は継承される。問題は、戦後第二の革命期をくぐって、戦後第二期の国際政治経済体制が如何なる特徴を持ち、国際階級闘争がどのような政治過程にあるのか、一九一八年のロシア革命以来の今日の現局面は、全世界の労働者にとって如何なる段階なのか。この課題はすなわち〈現代を如何に規定するのか?〉と言う事に絞られる。
「世界革命の前期から後期への過渡の時期」という規定は、今日変えられねばならない。四〇年前の当時は、疎外されたものであったが、社会主義圏が存在し、かつ、後進国革命運動が民族民主路線となっていたが活発に展開されていた。そして、これらの歪み、限界を突破する課題を実践的に背負った先進国革命こそが問題であった。
戦後第二の革命期が終焉し、その結果の一環としてソ連の崩壊が起こった。世界初の労働者革命としてのロシア革命の火が復活されることなくソ連が崩壊したことは歴史的な大事件であった。
ロシア革命は、数年のうちに主人公であるべき労働者は被支配者とされ、見せ掛けの「社会主義」が登場した。この見せ掛けの「社会主義」をも突破する国際的波及力を持った先進国革命が必要であった。しかし、それは叶わず、この見せ掛けの「社会主義」が崩壊した
われわれをはじめ労働者革命としての世界革命を考えてきた人々にとってみれば、労働者の政治的社会的解放に敵対してきたスターリン主義者どもの独裁の崩壊であり、ソヴィエト亡きソヴィエトとなり、一国社会主義の幻想に浸ってきた流れの必然的過程であったといえるのである。繰り返すが、問題は、世界革命の側がこの崩壊を第二の労働者革命として突き抜けることができなかったことにある。
労働者革命として、ソ連内部から労働者革命として限界を突破することによって、崩壊を第二革命に転化することができるためには、先進国のプロレタリア革命の外からの波及力が必要であっただろう。なぜなら、労働者の自主的団結は系統的歴史的に解体され尽くしてきたのがソ連の労働者の現実的歴史であったことを直視しなければならない。
これまでの労働者革命の歴史は敗北の歴史であった。敗北の中から真実とは何か、真に自らを解放する道は何かを模索してきた。裏切り、欺瞞、簒奪、自律ではなく他律、この苦渋と辛酸と多くの貴重な犠牲を通してしか学び得ないで進んできた。
ソ連の崩壊を期に、一部には社会主義の歴史的実験の失敗としての烙印であるという喧伝となり、また、マルクス主義の終焉が声高に叫ばれた。さらには、ボルシェヴィキ型革命の破綻であり、議会民主主義的社会主義を標榜する声、又は社会民主義路線しかないという声があがった。市場経済の勝利だ、という声もあった。真剣に戦う労働者はこの問題の学び方が違う。社会改造計画を掲げて世界救済を考えるニセモノの前衛党、理論家達の失意と翻意と区別されるであろう。
問題はこの資本主義的生産が世界を破壊し続けていること、人間生活を精神的肉体的に破壊しつつあること、一方に富の集積がおこなわれ、他方に極貧の圧倒的多数が拡大再生産されていること、この解決は世界的な規模での労働者革命、生産諸力を労働者の共同の支配下におくことによってしか解決し得ないということがますます明らかになってきている時代であること、この時代にソ連の労働者階級の失敗を教訓として世界的に生かすことにある。
さしあたり一国的な後進国革命の勝利から、先進国革命への波及の過渡期であるという規定は、次のように変更される必要がある。さしあたり一国的革命として開始された後進国革命の持っていた限界、幻想、未成熟さが、先進国革命の未成立という状況下に於いて世界市場への再包摂として結果した時期であり、先進国・後進国・旧「社会主義国」を貫く形での根本的労働者革命として再出発する課題を背負った時期である。われわれの後期の規定には、前期の限界を内容的に突破して一つの世界革命として資本主義を超えてゆくという課題を含んでいた。すなわち、実践的に国際的波及力による作用に於いてコミューンとしてのソヴィエトを後進国にも復活させることを考慮していた。現在は、ソ連の崩壊という現実から再出発する。したがって、幻想や誤りは、反省的に正されねばならない。再度労働者革命を地上に現すためには多くの理論的再武装が必要であるばかりか、真に圧倒的多数の人民に共感を持って迎えられる新たな社会が開示できなければならない。そのような意味において崩壊したにせものの前衛にとって変わって、現実の労働者の共産主義的前衛が必要となっている時代である。
世界革命の前期から後期への過渡の時期という現代規定を変更して、前期における失敗を反省し理論的実践的に深めた内容に於いて労働者の国際的戦線を再整備しながら、もはや段階的に分けられた進行となる形ではない、先進国・後進国・旧「社会主義国」を貫く一つに結び付けられた革命としての世界革命をめざす再構築の時期、そのような時期として、さしあたって中期と規定することにする。中期から後期へは、さしあたり複数の労働者革命が現実的に開始されて段階移行することになるだろう。中・後進国、旧「社会主義国」に於いては産業に規定されて階級形成が遅れているが、資本の社会的権力も未熟である。従って、世界経済の波を直接受けて階級関係が一挙に流動化する傾向をもつと考えられる。しかし、より根本的革命でない限りは強固に築かれつつある世界市場防衛の壁に阻まれてしまうであろう。その意味で中期は根本的革命の準備の時期でもある。
(三)戦略論の再検討―国家論及びファシズム論
先進国革命が、ロシア革命の中に生まれた兵士・労働者ソビィエトが葬り去られ、現実のプロレタリアートが影のプロレタリアートに絶対的に支配され、ソ連の崩壊によって、自らの交通形態を再び疎外された商品物神、貨幣物神の転倒した社会としてしか取り戻すことができなかったソ連の人民を再度世界革命の戦列として含みつつ、世界市場の廃棄に向けて、賃金奴隷制社会の人間的変革に向けて、社会革命の質をもった政治革命として前進するためには再度国家について見直しが必要である。戦後第二期の世界資本主義における現代国家論が明らかにされる必要がある。国家の役割が経済過程の変化によって大きく変わりつつある。
@今日の政府問題
戦後第二の革命期の総括課題の一つとして、政府問題がある。政府問題はとりもなおさずわれわれのファシズム論の問題でもある。
三木政権下におけるスト権ストの敗北は、中間政権と労働争議の関係として総括されるべき内容をもっていた。七九年大平政権は連立政権として登場した。われわれが政府スローガンを出したとき、議会制ブルジョア独裁としての佐藤自民党政府の打倒とした。「帝国主義ブルジョア政府、すなわち独占ブルジョアジーを中心としたブルジョア連合の政府」と規定した。
連立政権ないしは社民政権の時代は、全世界的に政権の不安定さを補うような形で、議会外の諸集団が組織的に利害調整、協調しながら公的決定に影響を与える機構が作られていった。特にヨーロッパの社民政権を補完するシステムとして注目を浴びた。しかし、特定の利害集団が議会外から影響を強く与えることを排除する傾向もあり、岐路にあるように見える。戦前の上からの権威主義的コーポラティズムと区別されてネオ・コーポラティズムと呼ばれている。このネオ・コーポラティズムのもつ二つの側面を政治過程との関係で解明する必要があると考える。二つの側面とは、生活協同組合、労働組合等を含む形で、社民政権を実質的に支える社会的勢力として議会外に力を構成するスタイルのコーポラティズムを新たな社会変革の方策のように描く論者もいる。それは、資本の側が相対的に弱い場合に意味が発生する。上からの、権威主義的ではない、自発的に形成されたとするコーポラティズムに於いても、労働の側が協調主義である場合、それは資本の側の合意形成の手段にこそなれ、労働の側の武器とはならない。
日本のように、中曽根政権時に始まったコーポラティズム型の組織化は、官僚と資本の側のヘゲモニーで開始され、労働の側が遅れて参入した時にはこの機構は資本の側が労働の側に合意を迫る機関として意味をもった。農業、公共事業等々、組織化された合意形成機構は、実は自民党の集票マシーンとして機能した。この利権と特権的収奪が時と共に腐敗しはじめ、制度疲労がひろがった。国民の公平感をいたく刺激してきたこの問題は、自由民主党の危機として認識された。これこそが今日の小泉改革なるものの対象である。したがって、野中が「自民党は解体された」と嘆いたが、解体されつつあるのは紛れもない中曽根コーポラティズムとその集票能力に乗っていた「族議員」構造そのものである。それ以上でも以下でもない。この政権党の「改革路線」とすれ違いながら「二大政党制」論が叫ばれている。
したがって、連合がヨーロッパ型コーポラティズムを夢想して動き始めたときには、議会内勢力はこの中曽根型政治に打ち負かされており、それでも首を突っ込めば資本の要求をのまされるだけのものとなり、がんばって、社民政権を後押しするのだとしても、すでに中曽根型コーポラティズムは解体再編成のなかにあり、裸のままの組合活動としての選挙活動が後退するなかで、後手後手とまわりながら無策のままに進んでいるのが現状である。民主党と自由党の合同によってもとめていることが資本の競争の公平さと市民リベラルであって、労働の側の出番が封じられている。連合は腹立ちまぎれに一部自民党を支持することもある、と牽制しても、かえって動揺を深めるだけであった。このようにカウンター勢力が政権党内改革派に内容を抜かれながら客観的にはこの改革派の応援団となってしまっているのが現状である。
このような政治過程が八〇年代から進んできた。(今日の政治過程については、別稿「角論文」を中心に討議することにしたい。)
Aファシズム論の見直し
われわれは、ここでファシズムの問題をとり上げねばならない。
われわれは、戦後第二の革命期において、議会制ブルジョア独裁の崩壊の危機、すなわち連立政権の時代であり、かつファシズムの危険が迫る時期として考えた。さらに厳密言えば、「現代が世界革命の成熟しつつある時期であることの必然的な徴候である。」(「中ソ論争と永続革命=世界革命」一九六三年)と、必然的なものとしてファシズムを捉えていた。それは、「世界的規模でのプロレタリアートとブルジョアジーの力の平衡状態の中で」という分析であった。さらに、「ブルジョアジーはすでに国民を統治する能力を失ったが労働者階級はこの能力を獲得するにいたらなかった一時期において可能な唯一の政治形態」に向かって、「行政権力―官僚・軍隊・警察の系統図―そのものが外見的に自立してゆく過程としてのファッシズムの形成過程との対決としての反ファッシズムとしてとらえること。」という把握であった。
ここには大きく二つの問題がある。
まず、この当時の情勢からみるならば、インドネシアにおけるクーデターによる軍事ボナパルティズム政権が樹立されるなど、国際的階級関係を反映して、激化した後進国階級闘争においてボナパルティズムの危機は現実的なものであった。
しかし、先進国階級闘争に於いては別の過程が進行していた。戦後国独資過程に於いて、資本の社会的権力の飛躍的強化が蓄積された。ブルジョアジーが政治支配能力を部分的に喪失しつつも、必ずしもファシズムへと直線的には進まない情勢が作られていた。ボナパルティズムに於いては、ブルジョアジーの政治支配能力の喪失はとりもなおさずプロレタリアートの圧迫の結果であった。しかし、国民統合力を失い、議会制民主主義による議院内閣制によりブルジョア政党と小ブル諸政党の連立、ないしは小ブル政党の政府が登場するような時期が、かならずしも、労働者階級がいまだ政治支配能力を獲得するに至っていないからといってファシズムの危機に直結しない。このような規定の仕方自体があいまいなものを持っていた。
「終わりのない恐怖より、恐怖のついた終わり」のほうがましだ、と考えるほどのブルジョアジーに対する圧迫が、私有財産社会が不安に陥るような革命の側の前進が、現実的なものになること、その過程に於いて、いまだ政治支配能力を獲得しえていないという情況が現れるとすると危険であるという問題である。たしかに国際的階級関係が影響するが、それを含めてこのような情況が問題となる。ファシズムが必然的過程という場合、それは、プロレタリア革命が最後の難関において、政治支配能力の開示と展開に失敗するならばファシズムが訪れるという形で把握されるべきである。この点が不分明であった。
問題の第二は、したがって、このこととの関連の中にあるのであるが、ブルジョア支配の政治過程、さらには、連立、小ブル政府のもとにおいて進行する行政権力の反動化過程、自立過程が、たしかにファシズムが成立する前段の前提条件であるが、それが直接ファシズムなのではない。それは、直接的にはブルジョア支配の反動化の過程である。ファシズム運動は多かれ少なかれ階級闘争が激化する過程で内容形態を転変させながら生み出されるであろう。これに対する闘いは重要である。ファシズムに対する厳重な警戒と、ファシズム運動に対する戦いとして反ファシズム闘争は展開される。行政権力の自立肥大過程に対しては、反動化反対の闘争として展開される。
戦後第二の革命期におけるファシズムの問題を総括するときは、このような規定そのものについての反省が必要である。
これまでのファシズム論がコミンテルン第七回大会のデミトロフ規定や、ボナパルティズムとの関連でファシズムを論じたトロツキー、またはタールハイマー、バウアーなどの諸論に依拠したものが多かったが、これらは次の点で重要な欠陥をもっていた。
その一つは、資本主義社会における階級関係が、資本家階級の支配としての議会制ブルジョア独裁と労働者運動との関係からのみとらえられていること。すなわち、資本主義的経済によって形作られた市民社会を土台として議会制民主主義形態をとるブルジョアジーの政治支配形態から、全有産階級を基礎とする国家権力のプロレタリア革命に対抗しての専制的権力への質的変換を捉えきれていない。ブルジョアジーの支配は社会的権力の専制的支配と、議会制民主主義のよる政治支配を統一して階級支配なのである。ファシズムは、プロレタリアートとブルジョアジーの階級闘争が、激烈にたたかわれつつも手づまり情況におちいった局面で、この両者を救うと称して登場して私有財産社会が構成する国家の他律性の究極的発現に至る全過程と、実現される国家権力についての概念なのである。
階級闘争が激化する過程において、ブルジョ支配が動揺する不安にかられつつ、プロレタリア革命が私有財産社会の転覆であることに恐怖する全有産階級の支持の中に、あからさまな労働者運動、革命党派に対する暴力的専制支配、全国民を覆う強制的同質化としての全体主義が成長する。
ファシズム権力の最大の特徴は、これまでの「自由主義市場」―労働力を商品として売る自由と資本の側が処分する自由―が実は資本の社会的権力の専制的支配であることを、公然と政治的に法制化して資本の下への従属を謳いあげるところにある。大戦間のファシズムは帝国主義戦争と同時に、初のプロレタリア革命の勝利によって生み出されたソ連を叩くという対外政策を展開した。すなわち、ロシア革命の勝利が、各国の階級闘争に影響を深く与え、たとえ国内的に改良的経済主義的労働運動が主流であってもその背後に、その深部にプロレタリア革命を垣間見ざるをえない有産階級が、恐怖に駆られファシズムへと傾斜して行くのである。その進の恐怖を対外政策として露骨に展開したのがソ連侵攻のである。しかし、特にドイツにおいて、ソ連共産党の粛清問題、独ソ不可侵条約の締結は、ドイツプロレタリアートを失望させ、階級形成を遅らせた。この影響を捉えなければならない。
ファシズムは、このように実は主体的な問題である。客観主義と裏返しの主観主義に陥りながら混乱したファシズム論になってしまうのは、プロレタリアートの革命的階級形成の観点が欠落してファシズムを扱うからである。
ファシズムはブルジョアジーの弱さである、こうしないと敗北主義になるからそのように規定する。金融資本の一部の支配である、そうしないとブルジョアジーとの闘争ができないからそのように規定する。階級対立の激化過程における一時期の均衡局面である、そうしないと敗北主義となるからそう規定する。このようにあれこれの政治的思惑から、すなわち、ブルジョア民主主義との連合を意図する観点から、又は、敗北主義ではなく革命情勢として描きたいという観点から、又は、共和国を対置する観点から、ブルジョアジーとの闘争を強調する観点から、いずれにしてもこのように政治的思惑から理論を展開する諸傾向を排さねばならない。
B現代国家の解明に向けて
もう一つの重要な問題は、国家論に関する一面的理解である。国家権力=支配階級の階級支配の手段、道具説は、わかりやすいアジテーションではあるが、本質的把握ではない。
ブルジョアジーの必然的支配形態は、議会制ブルジョア独裁である。国家権力は社会の上に外化されている。問題は国家の基礎たる社会が、発達したブルジョア社会としての市民社会であることにある。すなわち、ブルジョア社会は自由な労働と資本の関係として自律的再生産構造をそれ自体持っているものという虚構によって成立している。集積された社会的力としての資本と、労働力を売ることによってしか生存を確保できないばらばらにされた労働者の関係が、各世代に所与の歴史的前提条件として生存条件として強制されることを繰り返すことによって、この社会の成立する前提のように受け止められ固定され意識され依存するようになる。国家は市民社会の総括であるというとき、この市民社会がそれ自体としてその社会の構成員にとって生活条件となっているものとして肯定的に受け入れられた体制であってその秩序維持、国民統合を行うものとしての国家である場合は、そのみせかけの社会共同体が必要とする諸策を執行するものとして国家の統治系統図ができあがるであろう。しかし、この市民社会が深い淵で二分されていること、この淵が見えるような時期が来ると国家は変質する。
自律的な商品経済過程といわれるものが、労働者の労働力を売るしかない生活条件からくる競争と資本への屈従を前提として成立していること、また、生産過程における協働は、労働者の主体的な協働ではなく、どこまでも資本の意思、計画のもとに配置された協働であること、「自由な労働」が、実は資本の社会的権力の専制支配のもとに行われている奴隷的労働であること、このことから、市民社会は自立的に展開しつつかつ深く分裂対立している。
「自由な労働」は人格的自由とされる。しかし、この裏側の意味は雇用を保証しないということでもある。資本が生産過程に於いて専制的力をもつためには産業予備軍を不断に再生産する必要がある。失業労働力、又は「受給貧民」の公的扶助は、個々の資本のなすことではない。この公的扶助が社会保障制度となり、雇用政策と共に国家の社会労働政策として展開される。これは、一方では労働者の要求と闘争によって勝ち取られたものであるが、資本主義的生産がこの社会を発展的に展開するものであるという理想を進めるためには不可欠の事柄である。ブルジョア国家はこの階級関係を内在した市民社会の総括として成立する。
市民社会の中に存在するこの資本の社会的権力と賃金奴隷制のうえに、人間的主体的共同を生産過程に於いて奪われた、その意味において、根源的なところで共同性を奪われたうえで、外側から与えられる見せ掛けの共同性としての国民―国家が、この現実を直視する諸個人にとっては現実的疎外態であること、そういう意味で国家は労働者にとっては疎外である。逆にブルジョアジーにとってみれば、自らの発展の条件である商品経済秩序はとりもなおさず私有財産秩序であり、この総括として国家がそびえるのであるからそれは自らの共同利害を貫徹するための共同体であり、発展の条件である。幻想共同体という場合、如何なる主体にとって、如何なる現実に於いて幻想なのかということが述べられて初めて意味が出てくるのである。
一部のマルクス読みのマルクス知らず達が、マルクスは国家論については三種類のブレを起こしているとする。まずは「ドイツ・イデオロギー」の共同体国家論、次は「資本論」の法治国家論、「フランスの内乱」の階級国家論だという。多かれ少なかれこのような類の解釈屋が多い。実はこれらは一つの事柄なのである。資本の社会的権力、資本のもとへの労働の隷属について把握することができない人々が必然的に陥る欠陥であると同時に、如何なる社会的主体において認識活動そのものを行っているのかという根本問題を持っているのである。
今日、ファシズムを研究するにあたって、かつ、欧州の社民政権を本質的に理解するためにも国家論を深めなければならない。われわれは、資本論をとおして国家をつかまえる。その際、資本論が経済学批判として、資本の本への労働の隷属を明らかにしていること、その上で、資本主義的生産の自律過程が展開されていることとして掴みなおすことこそが大切である。「経哲」、「ドイツ・イデオロギー」をふまえた「資本論」の把握抜きには、マルクスの「フランスの内乱」へと貫通するブルジョア国家の階級的本質的把握を理解することができないであろう。われわれが掲げ続けてきた「自らの共同による自らの支配を!」というスローガンの革命的意義を国家論を再度くぐりながら再把握する必要がある。
C国独資下における政府問題
近代ブルジョア国家が、国独資の過程でたどった変質はおよそ次のようなものである。第二次大戦以降、「婦人参政権」の獲得に象徴される民主主義の大衆化が進んだ。それに伴って、政府は労働者の要求をとりいれつつ国民統合をすすめ、体制維持を行う。資本の力とその発展を条件に労働者の生活改善を勝ち取ろうとする路線によって打ち固められた労働者政党の側は、政権党となるときには資本主義そのものを否定する方針はとらなくなり、国民主義的な改良の党として国家を運営することとなる。資本は窮屈ではあるがこれを受け入れることのできないものとは考えない。資本の側は、資本を窮屈にすると国民全体の生活が困窮すると脅しながら政権を奪還することを考える。すると、労働者政党の側も、資本の活性化を政策的に推し進めつつ、労働者の生活向上を勝ち取ろうとする。資本にとっては資本の拡大再生産が、労働者階級の自己犠牲、自己規制の性格を持った国民統合のものとに進むのであるから、決して悪くはない。
これまでの一部の国家独占資本主義論が金融独占による国家の掌握と手段化として描き出し、恣意的に権力を描き出してきたが、欧州の社民政権の乱立を前に思考停止に陥っている。資本家は必ずしも自分達が政権についていなければならない必然性をもってはいない。資本主義的生産様式が資本の専制支配力と賃金奴隷制によって再生産されれば政治権力を他に渡してもいいのである。別の言い方をすれば、私有財産制を護持し、資本主義的発展を追及する政府であるならば政権を譲ることができる。封建制と違い、絶対に政治権力を握ってしか維持し得ないシステムではないというのが資本主義的生産なのである。
国家独占資本主義は、したがって、資本の社会権力の徹底的強化を推し進めてきた。産業合理化は搾取の強化のみならず支配の強化として資本の側に重要な意味をもってきた。大衆民主主義の浸透の背後には資本の社会的権力のますますの強化の過程があったのである。労働者の「参加」が謳われ、経済の民主化が標榜され、巧妙な仕掛けによって主体的自主的装いのもとに国民統合、企業統合が進められたのである。「労使同権化時代」とは良くぞ言ったものだ。これこそ今日の幻想と真実を両方しっかりと包み込んだ言葉はないであろう。
ネオ・コーポラティズムは、このような国独資的展開の過程に於いて、政府が議員内閣制、又は大統領制によって構成される政府に対して、資本、労働、諸利害団体がそれぞれの特殊利害を議会外に於いて公的に認めさせるシステムとして形成された。更に、特殊利害集団が議会外に於いて圧力をかけて特殊利害をねじ込むのは公正ではないとこのシステム自体否定的に扱われ始めているのである。ここで公正、又は権力の正統性が問題となる。政権はこの問いに答えられなければ政権を維持できない。資本主義の破壊作用によって世界の病める都市と沈み行く農村において国民統合が大きく揺らいでいるからである。資本主義そのものの危機が深く進行しているのである。
今日の政府を、一面的に金融独占の政治的手段又は代理人として描くことは誤りである。
ブルジョア政府の反動化とファシズムとは区別されることは今や常識となっているが、ブルジョア政党の政府の反動化がファシズムの道を掃き清めるものであるということからプレ・ファシズムである、とする見解は、結局のところ、ブルジョア階級の反動化をファシズムと呼ぶことになる。ファシズムは労働者階級にとっては主体的な事柄なのであると先に述べた。両階級の共倒れの危機、すなわちプロレタリア革命として突き抜け切れないときに敵側の、全私有財産階級の権力としてそびえるのがファシズムである。したがって、労働者階級が自らを組織し、資本を社会的政治的に圧迫し、資本を恐怖させるだけでなく、有産階級に選択を迫るほどの前進があって、かつ、この強さと共に、この現体制を突き抜けきれない弱さをもったときにファシズムの勝利を生み出してしますのであって、敵を圧迫することによって反動化すること、一つにまとまって敵対することを即ファシズムだとする話は、必然的にそれに引き続いて、敵の分裂をさそうために民主主義的ブルジョアジーとの連合、挑発反対、反動を引き出すな、という日和見主義の道が準備されることになる。敵の反動と、団結した敵対の戦線を打ち砕くことこそが問題であって、ファシズムを引き出すから温和にという制動には反対しなければならない。また、ブルジョア反動をファシズムだと危機アジリする小ブル急進主義は、労働者階級の階級形成を押し進める事によってはじめてファシズムの現実的危険性がはじまるのであって、階級闘争の外側から、ファシズムをがなりたてるのは全くの客観主義であり、裏返しの主観主義である。
D政治反動にたいする闘いとファシズム運動への対決
労働者階級運動の前進に対抗して形成されるであろうファシズム運動との戦いは意識的に戦略的に行われねばならない。基本的には労働者の階級的団結による新たな社会性が突き出されることが大切である。そして政治内容としては労働者階級の全社会を解放する解決能力の現実的開示、政治的統治能力の現実的開示が問われることになる。小所有者、特に農民又は兼業農家の根深い私有意識を変革するためには労働者の協働組合的生産の力強い前進が実際に展開される必要がある。
議会が国民の自律を表すとすると執行権は他律を表す。ドイツのファシズムは、議会制民主主義のなかから生み出されたものであるが、議会を粉砕し、他政党を解散し、組合を解体し、無制限な暴力による専制支配と強制的同質化によって「国民」を作り上げる過程によって生み出された「第三帝国」なるものは、ブルジョア支配とは別の全体主義国家である。これは一時的なのでもなく、また、革命情勢なのでもない。プロレタリアートの決定的敗北を意味する。これは、外的にしか崩壊しないものとなった。
ブルジョアジーも有産階級の中の一階級であるということから、国家権力の反動的強化を行うし、執行権力の自立化を推し進める。しかし、ブルジョアジーの政治権力は議会制民主主義を本質的に必要とする。ブルジョアジーの反動化過程はそれがただちにファシズムへの過程ではない。これを引き継ぎつつ別のものに変換することによってファシズムは完成するのである。
ファシズム運動は、現実的基礎をもつ。中間層である。反資本、反共産主義として展開される運動は、すでにファシズムによってしか自分達が生き延びることができないと悟ったブルジョア達から支持と援助を取り付ける。この現象から、手先論、代理人論がつくられたりするが、ファシズム運動とブルジョアジーとの対立と癒着と権力を握ったファシズムの他律強制への屈服と、その下での労働に対する資本の専制支配の公然たる国家による承認のもとでの強搾取と蓄積は、本質的につかまれるべきであって現象的につかまれるべきではない。ブルジョアジーの諸分派の分裂対立やファシズム勢力との対立瞞着に一喜一憂することなく、階級的分析こそが必要である。
このようにファシズムに対決することは労働者階級にとっては極めて主体的な問題である。階級闘争の激化過程に於いて、国民統合が揺らぎ、ブルジョア政党が統治能力を喪失して行く過程で、不安に駆られる中間層から多かれ少なかれファシズム運動が発生する。問題は、労働者階級の階級形成とその政治支配能力、解決能力の現実的開示がいかに推進されるかということ、その意味で実践的に手詰まりに陥らないことが大切である。革命的階級形成の内容はまさにこの点にある。今日、圧倒的多数者の支持の下での根本的革命でない限り、一瞬のうちに波打ち際に打ち上げられてしまうであろう。階級関係が見えにくくされている状況下に於いて、労働者階級が自立する困難さを持っているだけでなく、現社会の転覆の必要性を明らかにして説得的な内容とするためには、幾重にも媒介した運動と要求と主張が必要である。今日における階級形成は、媒介的な階級闘争の大衆的推進によって切り開かれるであろう。これまでもたしかに諸闘争は、賃金奴隷制としての賃労働の廃止へと向けた媒介的な、過渡的な闘争として展開されてきた。しかし、これからの大衆闘争は、これまでにも増して一段と意識された、系統的で媒介的な性格を必要とするであろう。
案出した教義を振りかざし大衆引き回しを行うしか知らない自称革命的前衛たちの決定的問題点は、労働者階級の階級形成の必要性を理解しない点にある。労働者本体の革命的階級形成の遅れと、またそれを推進する党の建設の遅れは、このファシズムに打ち勝つためには危険なことである。ファシズム権力の勝利は同時にプロレタリア革命の敗北を意味することになる。われわれが「ファシズムか革命か」と問題を立ててきたのもこの意味である。そして、戦後第二の革命期において、革命的階級形成を急がねばならないとしたのもその意味であった。
今日ファシズムの危険性は厳然と存在する。議会制民主主義が定着している今日、ファシズムの可能性は少ない、という見方があるがこれは誤りである。今日のブルジョア社会が、私有財産社会であり、その上に国家がそびえているという本質がある限り、そして、根本的革命としての労働者革命の姿が地上に登場するやいなや、ファシズムの危険性は厳然と存在することを公然と告げるであろう。私有財産社会の転覆に対抗して究極的に身構えた権力は恐るべき残虐さと息も凍るような他律の社会としての無制限の暴力的専制支配を生み出して何の不思議もない。このことを視野に分析するにあたって、今日の国家独占資本主義の経済過程への国家の介入(金融的財政的対外的)がいかに展開されているのか、特に世界市場との関係において独占資本が如何なる態度をとるのかということが重要な要素となる。
レーニンの「自由競争には民主主義が独占には政治反動が対応する」とする一面的な規定を根拠に、独占の攻撃的性格からファシズムを論じる傾向が一部にあるが、これはブルジョアジーの反動化とファシズムとの区別を見失うことによってファシズムの危険から目をそらすことになる。階級闘争が政治過程を変化させるのであり、階級闘争から独占がどの程度民主主義的であり、どの程度反動的であるかを把握する必要がある。したがって、ファシズム権力と独占の関係は、全有産階級の外化した自立した権力と、有産階級の一部分として社会的権力を握り、資本主義生産の推進力たる独占との現実的関係は国家権力が特別なカストとして形成される実態とその本質的内容と、その支持者でありかつ支配されている独占の動向として分析する必要がある。
今日のアメリカの対外政策を大独占、特に軍需産業の要請と石油資本の膨張願望から説明しようとする傾向が一部にあった。しかし、この要素はないわけではないが決定的要素ではない。対外政策の基本は、アメリカの安全を脅かすテロリズムの現実的脅威に対抗するものとなっている。ブッシュの対外政策は、アメリカ型民主主義の強制的輸出という路線の上を走っている。その政治の裏側に巨大独占が群がっているのである。政治内容と経済的動向を統一的に把握する方法が必要である。このことと同じように政治を恣意的なもの、又は陰謀史観によって見誤ることは、これまでもベトナム反戦闘争の過程においても「新植民地主義反対」「ベトナム侵略反対」などというあやまれる方針が、誤まれる帝国主義論からひねり出され、現実的には反革命戦争であったこと、それはベトナム革命の成立によって突き出されたことであった。この反省も全くなく、今日の戦争を分析できない「理論」は、同じように、対内政策としてのファシズムをも分析できないであろう。
政治過程の分析は、ただ階級闘争の中からのみ可能である。客観主義的分析は同時に恣意的な陰謀論にはまり込む主観的分析と裏表に張り合わせることになる。
現代のファシズムは、労働者階級が革命的前進するそのときに、中間層、及び社会から見捨てられたと感じている若者、貧困層、慢性的失業者群を基礎にするとしても、労働運動内部からもその端緒が生み出される可能性をもつと考えられる。「社会主義革命」の名のもとに労働者を欺瞞しながらこれを支配して、これを背後に並べて資本を脅し、かつ両者を救済するとして登場する根っからの反共主義が暴力的手段をもって突撃する可能性をもつ。これを実力で粉砕する力を革命的労働者は持たねばならなくなるであろう。
一部の潮流には、反動化する宗派主義の階級闘争への暴力的敵対を見抜くことができないという傾向があるが、この誤りは、「反資本主義」を標榜して登場するファシズム運動の危険な本質をまたもや見抜くことができないという誤りとなるであろう。階級闘争に外的な立場では、この危険な本質を掴む力がないからである。
(二〇〇三・十二・四)